「JAZZを聴くのに、知識は要りますか」と、お客さまに尋ねられることがあります。私たちはいつも、こう答えています。「まったく要りません」。
むしろ、知識がないほうが楽しめる夜さえあるように、私たちは思っています。今日はその話を、すこしだけ書いてみます。
JAZZは「わかる」ものではなく「聴く」もの
音楽は本来、知識を試すために存在しているのではありません。流れてくる音に身を委ねて、心が動くか動かないか。ただそれだけのことです。JAZZも同じです。曲名を知っていても、知らなくても、音そのものが変わるわけではありません。
一曲のなかで、サックスがふいに長いソロを取り始めたとき。ピアノが、想定外の方向にメロディを進めたとき。聴いている人は、その「いま起きていること」に、ただ耳を澄ませばいい。JAZZの即興は、聴き手の知識ではなく、聴き手のその夜の集中だけを求めています。
「いい曲ですね」と感じれば、それで十分
JAZZバーで、ふと顔を上げて「いま流れている曲、いいですね」と感じる瞬間があります。そのときに、それが誰のなんという曲なのか、知っている必要はまったくありません。気になったらマスターに尋ねればいいですし、尋ねないままで、その曲の名前を知らずに帰っても構いません。
名前を知っていても、知らなくても、その夜にその曲が「いい曲だった」という事実は変わりません。むしろ、知らないからこそ、その曲は「あなただけの、特別な一曲」として記憶に残ることがあります。
JAZZバーは、JAZZだけを楽しむ場所ではない
そもそも、JAZZバーで楽しんでいいのは、JAZZだけではありません。グラスの中の氷がからりと鳴る音、ボトルから注がれる液体の音、隣の人がカウンターに置いたグラスの底の小さな音。そういう「音楽以外の音」もまた、JAZZバーの夜を形づくる大切な要素です。
名前のあるレコードも、名前のないグラスの氷の音も、その夜の同じ一部です。両方に耳を澄ませているとき、知識の有無は本当に関係なくなります。
もしもひと言だけ、コツがあるとすれば
知識は要りませんが、もしもひとつだけお伝えしておきたいことがあるとすれば、「焦らないこと」かもしれません。
短時間で何かを「わかろう」とすると、音楽はうまく入ってきません。ゆっくり座って、ゆっくり飲んで、一曲、また一曲と過ぎていくのを待つ。気がついたら、最初に座ったときよりも、心がほんの少しほどけている。それがJAZZバーの正しい使い方だと、私たちは思っています。
静かな夜に、もしよろしければ
神戸・北野坂の「さりげなく」は、そういう夜のための小さな店です。JAZZの知識を披露し合う場所ではなく、JAZZの知識がなくても、ただ静かに過ごせる場所であろうとしてきました。
初めての方は、ぜひ 「初めての方へ」 をご覧ください。店の歴史については 「さりげなくについて」 に記しています。